2010年12月14日火曜日
2010年12月10日金曜日
またまた38ちゃんマジックだ!
対談してたんだけど、相手の人が鼻につく偉そうなオヤジだったので、カチャカチャチャンネル変えてたら村上龍が電子書籍の話してたのでそちらを見てた。
その番組が終わり、あっ勝間さんでてた方どうなった?とNHKに戻すと、何やらドラマをやっている。
あーあドラマになっちゃった、と思っていたのだが、これが面白い!
久々に腹の底から、笑えた。
、、、で昔こんな風に毎日笑ってたなぁ、と38ちゃんと同じ会社にいて毎日がキラキラだった頃を思い出した。
、、、で38ちゃんとこの面白さを共有したくて「NHKの今やってるドラマ見て!」ってすごい久々にメールしたんだけどみやちゃんは会社の忘年会。
だけど、その日は38ちゃんの誕生日でした。
しかも後で知ったドラマの名前は「祝女」だったのでした。
2010年12月4日土曜日
今日は久々にとっても素敵な気分だ!めちゃくちゃ疲れているんだけどねー
残業続きで疲れている週末だけど、友達に会って癒されちょっと自分を取り戻せたかも。 持つべきは同年代の同性の友人だ!
2010年10月13日水曜日
一人マキさんナイト。 明日会社?保育園の送迎?そんなの関係ねぇ!(古っ)
もしも、私がまだ音楽を一生懸命やっていたなら・・・ってやっていない訳だけど、ここでギターを弾きながら歌うわけですよ。
憧れの人、マキさんに捧げる歌を。
えっとコードの進行もよく知らないようなエセミュージシャンだった訳ですが、スローで明るいんだか暗いんだかスレスレわからないところの美しいメロディーを、
ジョアンジルベルトみたいに、完璧な音程で透明感を伴って抑えめに歌う訳です。
...なんて妄想しててもしょうがないわけで、実際私は人に捧げられるようなものなど何もなく、一人とっちらかったこの部屋でビールなど飲みながら、背中を丸めてこの様にキーボードを打っているわけです。
マキさん、ごめんなさい。全然駄目だね、私。
あの、気になっていたんです。あの後マキさんは音楽を続けていたのかを。
私はかなりのマキさんびいきだった訳です。だけど、やっぱり一緒にできなかった訳です。
もう20年以上前ですが、金髪に入れ墨ピアスのミュージシャンを
「生き方をきっぱり決めているところが潔くてかっこいい」
なんて言ってた人です。 大昔の事です、今は全然違うのかもしれないけど、端々にそういう事が見える人でした。
そして、私は器用とは言えないけど、とりあえず生きていくために取捨選択し、何かをやっていける人です。
マキさんはどうだろうか?と。
どうか、音楽をやっていて欲しい、と思っていました。
マキさんが亡くなったのを、知ってから私はバタバタです。
病気であったことも知らずにいた事に後悔しまくったので、私の周りで関わりのあった人には一人残らず知らせなければ、と思ったわけです。
音楽をやっていた頃の人達とは、ほとんど連絡をとっていなかったので昔のアドレス帳をひっぱり出して、実家などに連絡をし事情を話して連絡先を伝える、なんてやってました。
通勤途中も就業中も家でもひっきりなしにメールと電話が鳴りました。
そして「久しぶりだねーどうしてる?」なんて事になるわけです。
ついでに今日は息子の運動会。朝も早いし、仕事も一日は休めないしと通勤途中の電車の中までメール打ちながら走りました。
音楽つながりの友達は、皆未だ独身だったり、子供がいなかったりで私のように働いていて、しかも小さい子がいるなんて状況の人はまずいないので、
生活スタイルがまるで違う。
普段の私は、友達と親交を深める時間など全くと言ってないわけです。
で、どうなるかというと電車がゴーゴー走る駅構内で、大声で「聞こえなーい」なんていいながら話すか、電話片手にお風呂にいれていない子供を「まぁ一日くらいいっか」と寝かしつける事になる訳です。
で、ふと気がついたのです 「私、またマキさんに振り回されている」 と。
マキさんはいつも話題と人の輪とイベントの嵐の真ん中にいた様に思います。
だから、直接巻き込まれると大変なことになるのです。
そして、久しぶりに話す大昔の友人達の話から、マキさんがおじいちゃんの意志を継いで政治家として活動していた、と聞きました。
で、ネットで検索したら、立派なサイトとTwitterのアカウントがみれました。
MSNのニュースにまで、なってたよ。
マキさんらしい。
ネットにもマキさんがいる。
音楽やってなくても、マキさんの生き方があったんですね。
すごく向いてたと思う。人を巻き込むカリスマ性のある人だもん。
すごく向いてた。
すごく向いてたと思います。
行動力があって、真っ直ぐで、パワフルな人だもん。
応援したかったよ。応援したかった。
いや、何にもできないけどさ。私。
あー悔しい。悔しい。
ねぇ、どうしたらいい?
何にも知らないうちに終わってしまったなんて、どうすればいいの?
どうすればいいの?
どうすればいいの?
どうすればいいの?
マキさん教えて下さい。
マキさん教えて。
2010年10月11日月曜日
人生変わる程、憧れの人でした。
タブ譜で何曲か弾けるようになり、バンドをやりたくなって、同級生に凄くカッコいい人がいる、と紹介してもらったのが、その人でした。
一つ上の女の先輩で、いつも沢山のロックな風貌の人達の真ん中にいて、アニキと呼ばれていました。
初めたばかりの私に「さいす、ロックっていうのはさぁ」なんて話すのを眩しい思いで聞いてました。
今考えるとアホみたいなのですが、若かったって事だけではなく、それがとても自然に感じられるようなオーラがある人だったのです。
地元にいくつかあるライブハウスで見るその人はいつも、自信たっぷりの派手なパフォーマンスで、いつか私もライブやるんだ、と心に誓った事を覚えています。
ローリングストーンズもビートルズも聞いていたのは、この人の入れ知恵でした。
それから何年か経って、私は地元を離れてバンド活動をしていました。
少しだけ上手に弾けるようになっていた私はまたその人に再会。今度は、バンドメンバーになって欲しい、と言われました。
その頃の私にとっては、あまり魅力を感じないバンドだったのですが、憧れの人の誘いがたまらなく嬉しかったのです。
沢山ライブをして、CDもつくりましたが、こんな音楽面白くない、と言って私はバンドを抜けました。憧れの人に対して、とても言いたくなかったのですが、明確な理由をかなり強く求められたのです。その時のその人の表情を見るのが、とても辛かったのを覚えています。多分、その人にとっても私は永遠の子分だったのだと思います。
自信家で負けず嫌いな人でしたので、その後私を悪く言ったりしていたかもしれません。
だけど、その人はまだ何もわかっていない私にロックはカッコいいと植え付け、音楽にのめりこませた、永遠の憧れの人でした。 本当に、人生変わる程憧れました。それから、色々ごめんなさい。 それから一度も呼んだ事なかったけど、アニキ大好きでした。
心から、ご冥福をお祈りいたします。